今回ご紹介する本は、
志るべ 2022年7月号
です。
中村天風財団の機関誌です。
口絵は、 中村天風書 「践行」。
吾等の誓
【天風箴言四】現代語表記版
「思いやり」という事を現実にするには先づ何を措いても相手方の気持になって考へて見る事である
要するに「思いやり」という神聖な心情の発露に一番大切な根本的要素である、相手の気持になるということを、考えないからである。相手の気持になるということは、分かり易く言えば、「自分が先方の立場にいたらどうであろうか」ということを考えることなのである。
英国にも古い諺に、 “To be peaceful human life, put oneself in the place of others.” (注:平和な人生を送るには、自分自身を自分以外の人の立場に置くことである)というのがある。
相手の気持になれば、おのずから「思いやり」という聖なる気持が、自然に湧き起こってくるからである。
特に現代の人間が、「自己中心主義」という人生観で活きているのか…。
「世界観が正当に確立されていない」からだ。
煎じつめるとその人生知識の中に、宇宙の真相というものに対する考察と理解とに徹底したものを持っていないがためである…。
先ず第一に考察すべきことは、この世のありとあらゆる物や現象は、もちろん宇宙そのものも含め、そもそも何によって作り出されているかということである。
これが、宇宙の真相を感得する根本的な要点である。
そもそも、この世の物という物の全ては、哲学的に要約すればそのことごとくがみな、「空」という「唯一つの実在」である絶対のものから作り出されているのである。
ただし、「空」とは、「無」ということではない。「無」は、何もない= Nothing である。「空」とは、何もないのではなく、厳密にいえば、「空」とは意識感覚の上に現れ出ない「有」なのである。
このような尊厳な事実と過程によって作り出されたあらゆる物と現象のすべては、何れも一切、単独で存在するものは一つとして無く、厳密に相互に協調してその存在を確保し合っているという、ゆるがせにすることのできない現実があるということである。
この調和が完全である間は、その物の存在や現象は安定しているのである。
その調和が何かの原因で破れると、それをそのままにしておかないという、無限の深切さともいえるような行為が、「空」なるものによって常に行われるという事実である。
いわゆる諸行無常の姿を以って、すなわちこの世の中のあらゆるものは変化してとどまることなく、ひたすら完全へと進化し向上しているのである。
これがすなわち、宇宙の真相である。
最も厳正なる人生観は、曰く
○自他共存主義、すなわちこれである。
これを、我が天風哲学は、
○自他統一主義と呼ぶ。
「思いやり」とは、相手の立場になって考えて行動することである。
宇宙真理からしても、これが正しい生き方なのです。
幸福になれないのも、人生が上手くいかないのも、全て自分中心で物事を考えているからではないだろうか。
自分一個人も、宇宙に隈なく遍満に存在している粒子と同様に、調和を保っていかなければならない。
そのためにも、相手の立場になってみることである。
「信念の誦句」
中村天風真理瞑想集 (夏期修練会編) 第八回
中村天風
きょうの真理瞑想は、心の力を絶対的に積極化するのに必要な、信念というものについて話すことにしよう。
「人の本当の値打ちは、学問があるとか、お金があるとか、あるいは、非常に利口だとか、あるいは、出世をしているとか、あるいは、宝石をたくさん持っているとかということじゃない。 人間の本当の尊さは、信念があるかないかだ」と。
釈迦は一番先に、「まず信じなきゃだめだよ。信じない人々というものは縁のない人々だから救えないんだから」と。
もっとおかしなやつになると、ハンドバッグや洋服のポケットに、あの紙に字、書いた、いわゆるお守りと称するものを入れている。あんなものが何になるんだ。
信念があると、心に価値のないおびえや怖れというものがなくなっちまうんだよ。 ところが信念が無いともう憐れだよ、人間というものは。
信念なき人に偉大な仕事はできないのであります。
何かヒョイと自分の気持ちの中に疑いを持ったら、これだな、知らない間におれは物質文化の奴隷になっているなって気がつかなきゃだめだよ。
それじゃどうすりゃそんな信念の人になれるでしょう?
「観念要素の更改です!」
自分の潜在意識の中に、自分の信念を妨げるものがあるがために、この潜在意識の中をリクリエイトしなきゃだめだ。それと同時に、付加条件としては、でき得る限り、信念の強い人のそばに近寄ることが極めて賢明な方策で、その信念のある人の多く集まる場所は、天風会です。
「水は万円の器に従い、人は善悪の友による」という言葉がある。我々の住む雰囲気によって、非常に、人間というのは違ってくる。
価値の高い雰囲気の中に自分の心を接触せしめるということは、自分の人生を守ろうとする者の、極めて賢明なる態度なんだ。
いつも言うとおり、自分を守るものは自分です。
安心した人生に生きたい、そういう人間になりたい、だから天風会に来ているに違いない。しかし、なりたいから来ているといっても、来ただけでもってなれやしないもの。来ていろいろ教わったことを現実に自分のものにしなきゃだめなんだ。
常に観念要素の更改を厳粛実行にすると同時に、きょうこれから教わる信念の暗示誦句を折りあるごとに、時あるごとに口にする。 必要な誦句は、惜しげなく諸君に教えているんだから、それを実行に移さなきゃだめだぞ。
「信念の誦句」
『信念 それは人生を動かす羅針盤の如き尊いものである。
従って信念なき人生は、丁度長途の航海の出来ないボ口船の様なものである。かるが故に 私は真理に対しては いつも純真な気持で信じよう。 否 信ずることに努力しよう。
もしも疑うて居る様な心もちが少しでもあるならば、それは私の人生を汚がそうとする悪魔が、魔の手を延ばして 私の人生の土台石を盗もうとして居るのだと、気をつけよう。』
「信念」を持っていない人が増えて来ているように感じます。物質が豊かになればなるほど、心は置いてけぼりになっているのでしょう。
信念が強ければ、どんな困難なことでも、乗り越えて行くことができます。
天風会のイベントには、信念の強い人たちがたくさん集まっていますので、一度参加してみることをおすすめします。
「感謝の心で成果をあげる経営」(第一部)
学びを深める講話シリーズ 第九回
〜ほんとの積極を求めて〜
岩本初恵氏
「苦労も楽しみなさい」、「貧乏と、葛藤と、それから病気、この三つは、自分でどうにでもなる」と言われたのが、中村天風先生なんですね。
安定打坐というのは、声なき声というか、朝仏壇にお線香を上げてチーンと鐘をならすと、その音がだんだん小さくなって、消えていきます。その消える瞬間が無念無想の「声なき天の声」だと、父はずっとそう言っていました。
精神統一法で自分の中の心を落ち着けない限り、どれだけ前向きになった、どれだけ学んだと思っても、人間の精神力というのは血が通ってるだけに、良いとき悪いときがある。
「平和な光を日本から」
「人のために生きる、人のために役に立つということをずっと学んできたのだから、どうやったら稼げるかよりも、どうやったら人の役に立つかを先に考えなさい」
「お金が入るのも宇宙霊の力をもらってるからということを、まず覚えておきなさい」 そして、「自分が、自分がで生きるんじゃなくて、人のために生きる奉仕の心を覚えなさい」と…。
「宇宙霊の与えたまう最高のものを受け取ることが、私たちの人間の役目」というのを天風先生は言われているのですが、その宇宙霊の与えたまう最高のものが何かが分かるまでが葛藤だったんです。 で、この宇宙霊の与えたまう最高のものは何かと言ったら、たった一つ、何事も信じる力です。信念です。
いろんな人を前向きにする、人を癒やすことができるようになれば、自分が望んだものは全て手にすることができる。貧乏もない。 健康も自分でつくれる、と思ったのです。
人間だから葛藤もあると思ったら大きな間違いで、自分の中の不安も迷いも取り越し苦労も、自分がつくらなければ生まれない。人がつくって人が与えるものじゃない。でもそれが分かるまでは人のせいにするんですね。
父が天風哲学を学んでいて実践しているということで、恵まれた環境で育てられたんだと思います。
金を稼ぐことに走らず、世のため人のために貢献することを考えて行動する。若い頃はなかなか意識が向かないことです。
宇宙霊の力を自分の中に取り入れることが出来たら、理想としている人生が得られることでしょう。
第二十四回「天の声を聞く」その二
「カリアッパ師との対話」
「ほんとから言うとね、どんな音を耳にしても、心がそれを相手にしないと、そのとき天の声がわかってくるんだよ」
天風先生も若かりし頃は、天の声を聞くのに大変苦労されたようです。
天風先生の経験を元に編み出されたのが、ブザーと鐘の音を使った安定打坐法です。
そのお蔭で私たちは自宅に居ながらにして、天の声を聞くこともできるのです。
もちろん、毎日行修する必要はありますが。
『真理のひびき』
文庫化のお知らせ
著者: 中村天風 / 発行: 講談社 / 304 ページ
(1962.11) から90号 (1968.9) にわたり連載された新箴言註釈を一冊に。 価値ある人生建設に必要とされる心得 31篇。
中村天風によるラストメッセージ (絶筆本)
「修身教授録」
森 信三 著(一九八九年/致知出版社)
「私がおすすめしたい、この一冊」
鷹野雄講師
修身とは、自分の行いを正し、身をおさめととのえること、と広辞苑にあります。
人間として如何に生きるべきか、その叡智を学ぶことができます。
基礎的考え方を正しく理解するための必要な書である 『運命を拓く天風瞑想録』には、「この書をお奨めし、併せて心身統一法を行じられることを熱奨するものである」…。
「いかなる場合においても、大よそ我が身に降りかかる事柄は、すべてこれを天の命として慎んでお受けするということが、われわれにとっては最善の人生態度と思うわけです」そして「この根本の一点に心の腰のすわらない間は、人間も真に確立したと言えない」とあります。
「現在の自分にとって、一見いかにためにならないにように見える事柄が起っても、それは必ずや神(森信三-宇宙に内在している根本的な生命力)が私にとって、それが絶対に必要と思召されるが故にかく与え給うたのであると信ずる」「わが身に起こる事柄は、そのすべてが、この私にとって絶対必然であると共に、またこの私にとっては、最善なはずだ。 それ故われわれは、 それに対して一切これを拒まず、一切これを却(しりぞ)けず、素直にその一切を受け入れて、そこに隠されている神の意志を読み取らなければならない」とあります。
「最善観は楽天知命、すなわち天命を信ずるが故に、 天命を楽しむという境涯と同じである」といいます。
天風先生は「天風教義の目的は、どんな場合にも、たとえ身に病があろうがなかろうが、運命が良かろうが、悪かろうが、その他の人生事情のいかんにかかわらず、 いつも一切に対して、その心の力で、苦を楽しむの境涯に活きる活き方をするにある」と言われています。
この境涯に活きるためには、情熱と忍耐と努力が必要ですので、
- 苦しみには必ず意味がある
- 苦しみを乗り越える力を与えられている
- 心の持ち方ひとつで、宇宙霊は味方になってくれる
という思いを心がけてきました。
人生がうまく行っている時は問題ないけど、何かトラブルがあると、消極的な心持ちになってしまうのでは、まだまだ修行が足りていないということです。
例え悪いことが起きたとしても、すぐに心を切り替えて、積極的な思考に持っていくことが、人生をより良く生きるための秘訣です。その方法を教えてくれているのが中村天風先生なのです。
投稿原稿 「宇宙の進化向上に役立つ自己を目指して」
本郷 晃
能力の向上方法の一つが、視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚などの感覚器官を鋭敏にする訓練であると、天風先生は教えておられます。
人間には、物事の本質を直感的につかむ心の働きがあります。この訓練などを含む心身統一法によって、私は直感が良く働くようになり、多々、その恩恵を受けています。
気にしても、気にしなくても、まかれた原因から起きる結果は同じだ。だから、気にしまい。
心が虚心平気であるときに、起こった状況を打開できる妙案が浮かぶのです。
予見できないときは、宇宙霊の心の方向へ、すなわち真善美、愛と誠と調和を守って進めば、間違いがありません。
不安に襲われたときは、その行為によって、その結果が相手のために役立つ目的で行っている、とつぶやくのです。
大事に差し掛かった時、私は、「五十年後は違う存在のために働いている」と想念しています。(五十年後、私はこの世に、人間としては存在しません)
さらに、私は、「事を終えた後、自分の行為の結果が、相手の為や世の中のために役立ったと回想している」と想念しています。
私は、宇宙の進化向上に役立たせるために、心身を統一させているのです。
相手の立場に自分がいたらどうかという観点で判断すると、その判断は良いものになり、良い結果をもたらしてくれます。
万物の霊長たる人間に与えられた能力を最大限に発揮できるところが、心身統一法の面目です。
心身統一法によって直感が鍛えられ、難を逃れることが出来たというお話はいくつか聞いたことがあります。
良い人生を送るためにも、日々修練することは価値があると思います。
相手の立場になって考え、行動することも大切です。自分のことしか考えていない人には、運を味方に付けることもできません。
賛助会便り
鎌倉の会
「春期修練会」
呼吸操練、統一式運動法、積極体操の実習を行ううちに、身体が生き生きとし、どんどん元気になってゆくのを実感いたしました。
「力の誦句」を一人立って唱えた際、天風先生が実際に目の前にいるのだと心の中でイメージし、感謝を込めて唱えました。
「心一つの置きどころ」
東京の会
「新緑の一日行修会」
お仏壇にお供えするお線香の火を見つめ行う無我一念法など…。
日常の生活の中に、安定打坐の境地を取り入れることの大切さを話されました。
「安定打坐と自己の確立」と題し、先ず、安定打坐は雑念妄念をとり無心、無声の境涯を味わうことができる方法であり…。
安定打坐はただ座ってじーっとしているだけですが、無心でいることはかなり難しいです。すぐに雑念が入って来ます。鐘の音などを聞いて意識を戻すことが必要です。日々実践していくしかありませんね。
故 尾身幸次氏を偲ぶ
中村天風財団最高顧問の尾身幸次氏が、去る四月十四日享年八十九歳にて生涯を終えられました。
毎月の講習会、夏期修練会には休まず参加し、天風教義を真剣に実践、実行され、八か月後には奇跡的にも肺結核を完治されました。
「さきがけグループ」の代表は尾身さんでした。
人間の血液は酸性化すると病になる傾向があるから、肉や魚の動物性食物は、食べすぎないよう教えを受けました。
皮膚を鍛えるための毎朝の水かぶりは、晩年まで続けておられました。
天風会館は護国寺の土地をお借りしています。都心で交通の便が良く、戸外修練の場所を使わせていただけるのも護国寺様のお陰です。
道元禅師は「修せざれば証されず、修証一如なり」と言われています。正に尾身さんは、それを実践されました。天風先生も「百万人の付和雷同者より、一人のリアリストを望む」と言われましたが、正に尾身さんは天風会員の鑑(かがみ)でした。
「政治家が天風会員になったのではなく、天風会員が政治家になったのだ」
「自分は今、病で苦しんでいるけれども、これは、天が私に試練をくださっているのだ。いずれ私に大きな仕事をやらせようとする天のおぼし召しだからこそ、今私の力を試そうとしてこういう病をくだされているのだ」と、無理やりにも思い込んで、心の積極化を図ったと話されています。
「人生は解決が数日のうちにつくようなことばかりではなく、何年もかかるような課題をいつも多く抱えているものだが、その問題や課題に取り組んでいる時に 『安定打坐』をしていると、必ずしも解決策の全容をすぐに思い浮かべられるわけではないが、この課題の解決のために、今日ただ今、何をなすべきかというインスピレーションが心に浮かんでくる。 その心に浮かんできたことを実行すると問題の解決が一歩進み、その積み重ねによって、ついに大きな仕事を何年もかけて成し遂げられるのだ。大きな仕事を最初から全てを考えて何とかしようと思っても、なかなか一気にはいかない。周囲の状況の変化や時の流れに合わせながら打つべき手段を考えていかないと、どうしても行き詰ってしまう。毎日の仕事の中で、次々に起きる変化に対して臨機応変に、それならこういう手を打とう、ああしてみようとやっているうちに、だんだんと大きな流れになっていくのである」
物事をやる以上は、成功した時のことだけを心に想い描いてやるべし、という天風先生の教えを受けているから…。
「統一箴言」の誦句は、誦句そのものに解説が行き届いているので、この誦句の通りに実践することによって、運命が拓けてくる、人生が拓けてくる。 そして我われは、 世の進化と向上のために働くことができる。そしてその働きの中に幸せを感じることができる、そういう誦句であると説かれておられました。
「自己向上の気持ちを持っていると、年齢がいくら重なっても、極めて壮健で元気よく、人並み以上の若さと溌溂さに満たされて人生を送ることができるようになる。われわれの生命の中には、いつも伸びよう伸びようとする自然傾向がある。それはどんな時代がこようと、またどんなに歳をとろうと、私たちは進化向上の自然法則の中で生きているからである。人生は、健康難や運命難を心がそれを断然乗り越えていくところに価値がある。われわれは自己向上を常にしっかりと意欲して、健康や運命を完全にするという、本当の成功の人生を自分で作り上げなければならない。そして常に正しい希望を我が心の中に輝かせていなければいけないのである」
私も尾身先生のお話を直接聞いたことがあります。分かりやすく説明してくれていたことや、とても若々しくいらっしゃったことを覚えています。もっとお話をお聞きしたかったです。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
運命を拓く/中村天風 著
こちらは入門書になります。初心者の方はぜひ!
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